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ガチ恋もガチ推しも

"人間万事塞翁が馬"とはよく言ったもので、物事にはプラスマイナスの両面が必ず存在していて、そのどちらが表面化するかの予測は難しい。それは例えば京極さんの卒業であったり、ハコムスの活動本格化であったりするんだけど、それらの片面だけを信じて疑わない人間ほど物事の変化に振り回されて口癖が「疲れた」になってしまうもんなんだろうなと思う。

 
この間、ハコイリムスメの我妻桃実ちゃんの舞台"花の下にて"を鑑賞した。その登場人物一人一人が何かしらを信念として疑わず生きてる様が描かれてて、言い方を変えればそれは過去に縛られて囚われてるとも言えるのかもしれないけど、それらが覆るようなある意味での裏切りによってその信念の裏の面とその先を眺望できるようになる様は、ヘラヘラと生きてるだけの僕も少し考えさせられた。
 
他人のあれこれに口出せるほど余裕はないから結局しょーもない話になるんだけど、例えばうわーってめちゃくちゃ落ち込むことも、うわーってめちゃくちゃ浮き足立つことも、仕方のないことなのかもしれないけど片面しか見えてなかった上での裏切りによるものなんだなって、そんでその良し悪しは別として視点を奪われるほど何かに夢中になれてるんだなって感じてる。
 
ここでその裏切りを恐れて物事を両面的に捉えよう捉えようとして腰が引けて生きていったとしても想像できるのはクソみたいな人生だから、やっぱ多少盲目的に生きてくくらいが調子いいんだと思う。
 
最近斜構オタってよく耳にするけど、その大抵は若くて腕組みながらつまんなそうにライブみて斜に構えた意見感想言う奴って印象なんだろうけど、僕には例えば京極さんの卒業発表を受けて綺麗事だけを並べるオタクの方がよっぽど物事に正対してないように思えるんだ。ってこの考えも斜構って言われちゃうんだろうけどさ。思考停止は楽そうでいいですね。
 
悟れるほど人生経験も積んでないし頭も悪い方だから今も僕は選択肢間違えまくってるけど、結局片面だとしても何かしらを信じて没頭してみないことにはその結果も結論も見えてはこないから、周りがアホだと言おうとも僕は頑張ってるオタクを応援します。