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セックスのすゝめ

もやもやするとうんこするみたいに文章を書く癖があって、とするとここはさながら便所なわけです。僕は痔なので、洋式のウォシュレット付きの便器です。水勢は最弱でお願いします。

"愛"ってすごいのに、言葉や文字にするととてもチープで、直江兼続はきっと恥ずかしいイタいやつだったんでしょうけど、世の中イタいことを堂々とするやつが美味しい思いをするようにできてます。


ちんこは最近あまり元気がないのですが、想像力だけは十代の頃と変わらず逞しいので色々と巡らせて、ない頭使ってありちゃんになりきるのです。

私は門前亜里β。高校三年生。受験勉強に追われる毎日にはもううんざりしてるの。大好きなハコムスの活動もままならなくて、ストレス溜まっちゃう。本当はハコムスやめたくない。でも決断したの。悩んで悩んで、決断したの。だからこそ今私は前に進んでるわけだけど、後ろを振り返るとみんながいて、どうしようもなく寂しくなったりするの。私、これでよかったのかな。

別に今回のツイートを踏まえてではないですし、"かなしいこと"がなんなのか僕の感知するところではありませんが、ありちゃんはハコムスを楽しんでたように見えてましたし、年端もいかない女の子がこの決断をすることのパワーたるや、頑張れない代表の僕の想像し得る域をはるかに超えています。

人生において、大抵の人の自分で選択する最初の分岐点は高3にあると思います。歳にして17,18歳。人間歳では計れないなと思わざるを得ません。

将来の自分とやらをほとんど考えたことのない僕にとって、なりたい自分に寄せていくために楽を断ち努力を重ねる人間ほど尊敬に値するものはないのですが、さらにここでありちゃんは"愛"をくれると言う。

なんとも畏れ多い話です。「俺の愛は握手3回分の金」とか普段ならいやらしいこと言ってるんですが、実際のところ、僕がありちゃんに送りつけた愛など、自覚するものは何もなく。間違いなく僕はハコムス、そしてありちゃんのことが好きですし、それが愛だと説かれれば納得するほかないのですが、腑に落ちない。

ライブや握手で時間を割き金を落とす行為に愛がある、と言われても同じように納得するしかないのですが、僕のイメージでは、"愛"はもっと献身的というか、それこそ"アガペー"のように無償であるべきものなのです。ライブも握手も僕の欲によるところが大きい。うーん。

正常なオタクって言うと、正常な異常と言っているのと同義な気がしてなんだか変な感じがしますが、正常なオタクであるなら、僕に限らずしてアイドルに何もしてあげられてない自分との葛藤があると思います。まあこれはオタクだけでなく普段の生活、例えば恋人に対しても似たようなことはあるんですが、アイドルとオタクは確実にある面でカップルですので違和感もなく。多分これはアイドル側も同じようなジレンマに悩まされてるはずですので、構図としては、お互いに愛を一方通行でもらってると思い込んでいるカップルです。

「いつも○○してもらってばかり」ってセリフは仲の良いカップルによく見られるものでして、この場合大抵男も女も同じことを言っています。いかんせんアイドルはオタクを選べませんので、全員に対して愛を持てるかといったらいささか疑問の残るところではありますが、そんな事実はどうでもよいのです。

汚い話になりますが、オナニーは一人でします。セックスは二人以上。しかし、セックスも相手を使ったオナニーと考えれば本質を違いません。しかし何かが決定的に違う。じゃなければ言葉は二つ生まれません。そこにはやはり"愛"があり、愛のないセックスはオナニーなのです。

置き換えると、セックスはリプであり握手でありチェキでありライブであるのです。

愛のないツイートも握手もステージパフォーマンスもアイドルのオナニーですし、愛のないリプも握手も沸きもオタクのオナニーです。

"愛"は感情ですので、相手の感情の所在や真意は掴みきれないところがありますから、共有はできません。となると、その"愛"とやらは一つのボールを投げ合うキャッチボールではなく、いわば波動拳の打ち合いなのです。現実はゲームのようにHPゲージがありませんから、相手に愛が届いているかは目に見えません。だから僕たちは自分の増えまくっていくHPゲージだけをみて「もらってばかりであげられてないんじゃないか」と不安になるのです。

やはりここで役立つのが"言葉"でして、しかし言葉も万能ではないので足りぬところが出てきますから、言葉で愛を1/3伝えることができるなら4回伝えてやっと足りる感覚です。

だから僕はたくさん言葉にしていこうと思います。

決断に良し悪しはない。進んでくれても退いてくれても構わない。愛してるよありちゃん。


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