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さんみゅ〜でもハコムスでもどこでも個性さん

現場の雰囲気を作るのはもちろん現場にいる人間やら環境ですから、アイドルのイメージないしはアイドルそのものが少なからず現場によって作られることが明白な現実、"オタクがアイドルを育てる"という言葉を否定できません。

しかし、事実オタクがいい現場の雰囲気作ってアイドルをちゃんと育ててるところなんて滅多に目にしません。やっぱオタクが持ってんのは減らない口とペンライト振るだけの手とマサイするだけの足とオタT着るだけの胴しかねーのかと、自戒の念も込めて考えてしまうのも仕方ないんでしょう。

というのも、世の中"この子たちはこうあるべきだ"ばかりで、逆にどうあるべきか、こうあるべきだと言う側であるオタクの僕さえもよくわからなくなってきてしまったのです。

もちろんアイドルがオタクを惹きつけるわけですから、ルックスから方向性、オタクの質や運営のクセまで幅広く"アイドルの個性"によってある程度選別されたオタクしかそこにはいないんですけど、目の粗いふるいに掛けられただけでは統一などなり得ません。一つの同じアイドルを好きになったオタクたちも、ある程度の幅の中に収まってるにしても、それぞれが色々な"こうあるべきだ"を持っているわけです。

この"こうあるべきだ"は、言い換えればその人が感じている、対象であるアイドルの良さなんですけど、それが正しいかどうかなんて結局数の暴力みたいな話になっちゃいますので、僕の好むところではありません。先ほど著述したように、個性によってふるいに掛けられたということは、言い換えれば個性に惹きつけられたということですので、人の好みにまでちょっかい出すなど無粋というものです。

しかし、TwitterのTL上が毎日文句の垂れ流しであることは誇大表現ですがまあまあ事実ですし、それらは、いわば理解できぬ他人の"こうあるべきだ"によって自分の恋路を邪魔されてるから漏れているのでしょう。急に切ない物語ですね。

なんてことを言っていますが、皆が恋路を邪魔しあっていることに対してはまだ健康的であると思います。ガチ恋にも似たようなことが言えますしね。しかし、なんだか"個性"に対する認識といいますか、個性の在り方、使い方について疑問が残るんです。

個性の在り方もなにも、ただそこにあるのが個性であり、その存在自体に干渉しようというわけではありません。ただ、個性をどう捉えて活用するかの話になると、皆狂ったかのように「オンリーワン!」と叫ぶのです。きっと何かの宗教だと思うんですが、僕はその方面に強くありませんので確証はありません。そもそも個性被りなんてクソほどありますし、皆違って皆いいもわかるんですけどそれはやっぱ皆違うから皆いいってことでしょうし、その違いが個性で、それは競争のために利用されてやっと意味を成すと思うんです。ナンバーワンのための個性です。

個性はオンリーワンのためでなく、ナンバーワンのためにあるべきで、またオンリーワンはナンバーワンに繋げていかなければ何の意味もない。ということなんですけど、それは武器として使われて初めて個性が個性たり得るといいましょうか、単に比べられないものが個性ではなく、比べられた時に優劣の優になるためにもつ特徴が個性といった感じです。その人が他人と比較されることによって初めてそれぞれの個性が意味を持つんです。ですから、武器になってないような個性なんて個性ではなく、そんなものに固執して"こうあるべきだ"などとほざいた日には、いよいよそいつの価値観とやらを保護の網から放り投げてワニにでも食わしてやらないといけないのかもしれません。

しかし、ある人が"こうあるべきだ"と一つの武器としての個性をあげたとして、その人に対してはそれが武器として刺さったわけですから、"こうあるべきだ"の数だけ武器としての個性があるわけです。となるとワニに食わすものもなく餓死を心配することとなりますが、先に"育てる"と言いましたように、成長がなくてはいけません。右に行ったらイワシが釣れて、左に行ったらゴンズイが釣れて、と右往左往してきたとしたら、成長のためには右に進んでいくのが賢明でしょうし、前に行ったら10匹釣れて、後ろに行ったら100匹釣れて、と前後してきたなら、成長のために後ろに進んでいくのがスマートでしょう。

先述した通り、好きな人の好きなところに正しいもクソもありませんし、そんなもの決めようもんならどんな結果になっても数の暴力みたいな話になりますんで、好きなところと"こうあるべきだ"を切り離して考えてあげると、自ずとアイドルを育てることに繋がり、オタクのゴミみたいな自己満足的欲求も満たされるんじゃないでしょうか。ということでした。

さんみゅ〜もハコムスも、オタクよりメンバーの方が感じてることが多いのは当たり前ですし、となると考えてることも確実に多いわけですから、僕は、彼女らの他者の意見に依存しない、ある意味では身勝手な成長過程も見てみたいなと怖いもの見たさに思いながら、現実ではオタクの言葉に耳を傾けてくれてる心優しい彼女らの幸せな未来を願わずにいられません。

さんみゅ〜の3000RTの賜物こと代々木公園フリーライブもいい感じでして、ここでこれほどのライブが出来るだけの体力のあるアイドルになったんだなとしみじみ思うところがありました。二周ほどまわりまわって今はただ楽しくさんみゅ〜に、そして野田真実ちゃんに会いにいけてる現実がありますので、厄介な概念もなんもなく、オタクという言葉にとらわれずに「どうあってもいいかな」と、のほほんとライブを観れることに感謝したいと思います。